Finland
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- ※1942年、フィンランドの企業Oyサンタサロソールベリ社 Oy Santasalo-Sohlberg Abがフィンランド陸軍向けに50門を製造した。この生産分は、実質的には大規模な野戦試験用シリーズとみなすのが妥当だろう。47 Krh/41の重量はわずか3.2kgで、仰角は45゚、65゚、75゚の3段階に設定可能だった。射程は最小35m、最大170mだった。特筆すべき点として、本砲はタンペラ社 Tampellaのそれまでの47mm迫撃砲とは異なる弾薬を使用していた。本砲専用の重量650gの砲弾(フィンランド軍のM/41卵型手榴弾に似た形状)が用いられ、推進薬(装薬)には7.62mmx54R小銃・機関銃用実包が流用されていた。砲弾には70gのTNT火薬が充填されており、約250~300個の鋼鉄製破片を飛散させた。この破片は、2.5mの距離からであれば、厚さ1インチ(約2.5cm)のマツ材の板を容易に貫通する威力があった。初期の砲弾にはM/32卵型手榴弾用の信管が装着されていた。これは着発式(衝撃作動)で、作動開始から5.5秒後に起爆する遅延信管だった。そののち、7.5~8秒の遅延時間を持つ専用信管に変更された。砲弾は1箱10発入りで供給され、1箱の重量は約10kgだった。砲全体の長さも61.8cmと短く、折りたたみ式の二脚が一体化されていたため、兵士一人で容易に運搬できた。運搬用として革製のスリング(負い紐)も装備されていた。射程調整にはガス抜き(ガスブリード)方式が採用されていた。この方式では、“射距離ドラム firing distance drum”と呼ばれる調整リングを操作することで、放出される推進ガスの量を制御した。戦時の試射において、遅延信管の特性を活かした射撃法が確立された。熟練すれば、目標上空の空中で砲弾を炸裂させることが可能となり、これが本砲の最も効果的な運用法であることが判明したのだ。しかし、この兵器には特有の重大な安全上の懸念も存在した。迫撃砲の射手は、ガス抜き機構から放出される高温・高圧の推進薬ガスが顔や目に当たらないよう、適切な距離を保つ必要があった。フィンランド陸軍兵器局への報告によれば、これらの迫撃砲の多くは前線部隊に配備され、1942年から1944年にかけて実戦で使用されたものと推定されている
↑Image courtesy of Shipbucket.
- ※参考文献
- Jaeger Platoon
Update 26/07/12